Polkadot 2.0 (JAM) – 分散型スーパーコンピューターとAIエージェントの融合によるパラダイムシフト

分散型システムの地平において、ブロックチェーン技術は単なる決済インフラから、グローバルな計算資源を最適化する「ワールド・コンピューター」へとその定義を拡張させている。Polkadot 2.0の中核を成すJoin-Accumulate Machine(JAM)は、これまでのパラチェーンを中心としたリレーチェーンモデルを根本から再定義し、汎用的で非意見的な分散型スーパーコンピューターへと進化させるものである 。この転換は、計算の「Refine(精錬)」と「Accumulate(蓄積)」を分離し、RISC-VベースのPolkadot Virtual Machine(PVM)を導入することで、AIエージェントが自律的に推論・連携できる高度な実行環境を構築することを目的としている 。本レポートでは、JAMのアーキテクチャがもたらす技術的変革、AIエージェントとの融合による相乗効果、そして既存のクラウドコンピューティングや他のブロックチェーンに対する優位性について、多角的な分析を行った。

目次-

アーキテクチャの進化:リレーチェーンからJAMへのパラダイムシフト

Polkadotの当初の設計は、共有セキュリティとパラチェーン間の相互運用性(XCM)を提供するLayer-0プロトコルであった 。しかし、リレーチェーンがガバナンス、ステーキング、資産管理などの多機能を一手に引き受ける「意見的(Opinionated)」な構造であったため、スケーラビリティと開発の柔軟性に限界が生じていた 。JAMはこの制約を打破するために導入された次世代のコアプロトコルであり、計算モデルを「CoreJAM(Collect, Refine, Join, Accumulate)」へと移行させることで、分散型計算の新たな基準を提示している

CoreJAMの計算モデルとRefine-Accumulateパイプライン

JAMの名称は「Join-Accumulate Machine」の略であり、その核心は情報の統合(Join)と状態への折り込み(Accumulate)にある 。このモデルは、GoogleのMapReduceに類する高並列分散計算の思想をブロックチェーンに持ち込んだものである

JAMにおける計算プロセスは、主に2つの段階に分けられる。第一段階である「Refine」は、各バリデータコア(350以上)において実行されるステートレスな並列処理である 。各コアは6秒のスロットごとに最大15MBの入力を受け取り、それを高度に圧縮して90KBの「Work Result」へと精錬する 。この166倍に及ぶデータ圧縮は、分散型アベイラビリティシステムにおける通信負荷を劇的に軽減し、システムの全体スループットを向上させる鍵となる

第二段階の「Accumulate」は、Refineの結果を全バリデータが共有するグローバル状態に統合するプロセスである 。Refineが並列かつ豊富な計算資源を利用できるのに対し、Accumulateは順次実行されるステートフルな処理であり、サービスの状態を更新し、資産の移転やメッセージの送信を確定させる役割を担う 。この二段階構成により、JAMは「スケーラビリティ(並列処理)」と「一貫性(共有状態)」という相反する要求を高度に両立させている

PVM(Polkadot Virtual Machine)とRISC-Vの採用

JAMの技術的基盤を支えるのが、RISC-V命令セットアーキテクチャ(ISA)に基づいたPVMである 。これまでのブロックチェーンがWebAssembly(WASM)やEVMに依存していたのに対し、JAMがRISC-Vを採用した背景には、ハードウェアレベルの最適化と将来の拡張性がある

RISC-Vは、x86やARMといった既存のハードウェアフォーマットへの変換が容易であり、LLVMなどの強力なツールチェーンの恩恵を受けることができる 。PVMはネイティブなx64スピードの約45%という驚異的な実行効率を達成しており、決定論的で計測可能な実行環境を提供している 。また、PVMは「ファーストクラス・コンティニュエーション(第一級継続)」をサポートしており、これがAIエージェントのような長時間の計算を必要とするワークロードにおいて決定的な意味を持つ

特徴Polkadot 1.0 (Relay Chain)Polkadot 2.0 (JAM)
計算モデルパラチェーン固有(意見的)汎用計算(非意見的)
仮想マシンWASMベースRISC-Vベース (PVM)
実行方式パラチェーンごとの隔離された実行コア単位の並列サブシステム
スケーリングパラチェーンのスロットオークションAgile Coretimeによる動的割当
データ処理ブロック単位の逐次検証Refine-Accumulateによる並列精錬

分散型スーパーコンピューターとしての性能指標

JAMは、単なるブロックチェーンのアップグレードではなく、現代のクラウドデータセンターに匹敵する「分散型スーパーコンピューター」としての性能を目指している 。その目標値は、従来のブロックチェーンのスループットを数桁上回るものである。

スループットとデータ・アベイラビリティ

JAMの理論上の最大容量は340万TPSを超えると推定されており、これは秒間1500億ガスという膨大な計算能力に支えられている 。また、データ・アベイラビリティ(DA)の帯域幅は850MB/sに達し、これはPolkadot 1.0と比較して42倍の向上であり、Ethereum(約1.3MB/s)を圧倒している

この性能向上を可能にしているのが、341個のバリデータコアを並列に稼働させる「コア」の概念である 。各コアは独立したブロックチェーンのように機能することができ、必要に応じて複数のコアを一つの大規模なタスク(例えば大規模なAIモデルの推論)に割り当てることが可能である

JAM Grid:エクサバイトスケールへの展望

JAMのさらなる進化形として提唱されている「JAM Grid」は、複数のJAMスーパーコンピューターを相互接続したネットワークであり、理論上は10億TPS、1エクサバイトのデータストレージ、600GB/sの帯域幅を実現することを目指している 。このレベルのインフラが構築されれば、スマートシティの管理、国家規模の決済ネットワーク、あるいは地球規模のIoTデバイスからのリアルタイムイベント処理が分散型環境で可能となる

指標JAM (初期目標)JAM Grid (将来構想)
TPS100万 – 340万10億以上
DA 帯域幅857 MB/s600 GB/s
データ容量2 PB1 EB (1000 PB)
バリデータコア数34110,000以上 (推定)

JAMとAIエージェントの融合:自律的推論のインフラ

AIとブロックチェーンの融合は長らく議論されてきたが、従来のブロックチェーンは計算コストとレイテンシの制約により、AIの実行環境としては不十分であった。JAMは、そのアーキテクチャ自体がAIエージェントの動作を最適化するように設計されている

AIエージェントの永続的な「記憶」と「意図」

JAM上の各スマートコントラクトやサービスは、メモリと意図を持った「半自律的なエージェント」として定義される 。PVMのコンティニュエーション機能により、AIエージェントはブロックの境界を越えて計算を継続できる 。これは、あるブロックでガスが不足した場合でも、その時点の実行スタック、レジスタ、メモリの状態をDAレイヤーに保存し、次のブロックで正確にその場所から再開できることを意味する

この特性は、大規模言語モデル(LLM)の推論プロセスのように、単一のブロック時間(6秒)内に収まらない複雑な計算を、開発者がコードを細分化することなく自然に記述することを可能にする 。エージェントは過去のガバナンスの結果やオンチェーンのデータを学習し、共有された文脈に基づいて推論を行うことができるようになる

マルチエージェントDAOと集団的推論

JAMは、複数のAIエージェントが協力して意思決定を行う「AIネイティブDAO」の基盤となる 。例えば、倫理担当のエージェント、財務担当のエージェント、セキュリティ担当のエージェントがそれぞれの専門知識に基づいて議論(オンチェーンでのメッセージ交換)を行い、その議論の結果を「Accumulate」ステージで確定させることで、人間を介さない高度な自律的統治が実現する

これは、従来のハードコードされたロジックによるガバナンスから、状況に応じてルールを適応させる「プログラマブル・ガバナンス」への進化である 。実行環境自体が歴史的な先例やトレンドを分析し、インサイトを提供する「フェローシップ・トラック」のような仕組みも可能となる

ZKML(ゼロ知識機械学習)の統合

AIの推論結果が正しいことを証明するためには、ゼロ知識証明(ZKP)が不可欠である。JAMのRefine関数は、大量のワークアイテムを受け取り、その計算の正当性を並列に検証する「マッシブ並列ベリファイア」として機能する

現在の課題であるZK証明の検証コストについても、PVM上での最適化が進んでいる 。例えば、Rustで記述されたZK証明検証ロジックをPVMにコンパイルした場合、約50msの検証時間が7,500万から1億PVMガスで実行可能であるというベンチマーク結果が出ている 。これにより、プライバシーを保護しつつ、AIの推論結果が改ざんされていないことを数学的に保証する「トラストレスなAI推論」が現実のものとなる

経済モデルの変革:DOT 2.0とリソース割り当て

JAMの導入に伴い、PolkadotのネイティブトークンであるDOTの経済的役割も劇的に変化する。これは「無制限のインフレ」から「予測可能で希少なリソース」への転換である

供給量の上限とPi Day(3月14日)の半減期

2026年1月、DOTの総供給量を21億枚に制限するハードキャップが導入される 。これにより、DOTはこれまでの批判の対象であった無限インフレモデルから脱却し、Bitcoinのような希少性を持つ資産へと変貌する

2026年3月14日(Pi Day)に予定されている最初の供給量削減では、年間発行量が約1億2000万枚から5688万枚へと、約52.6%減少する 。この削減は2年ごとに繰り返され、ネットワークのインフレ率は最終的に3.11%程度まで低下する見込みである

リソースとしてのDOT:Agile Coretimeとストレージ

JAMにおけるDOTの主な用途は、ガバナンスやステーキングに加え、「計算資源(Coretime)」の購入である

  • Agile Coretime: 従来の2年間の長期リースとは異なり、1ブロック単位からコアをレンタルできるようになる 。これにより、資金力の乏しい小規模な開発チームや、AI推論のようなバースト的な計算需要を持つプロジェクトが柔軟にインフラを利用できるようになる 。
  • ストレージとキャパシティ: JAM上のサービスが利用できるコードの量やデータの保持期間は、デポジットされるDOTの量に比例する 。これは、DOTが単なる通貨ではなく、分散型スーパーコンピューターの「利用権」および「記憶容量」を象徴するコモディティであることを示している 。
経済指標以前のモデルPolkadot 2.0 (JAM)
総供給量無制限21億枚 (ハードキャップ)
インフレ率年率 約10%段階的に減少 (Pi Day 2026以降)
コア利用料長期オークション方式Agile Coretime (一括/オンデマンド)
主要ユーティリティステーキング, ガバナンス計算資源の購入, ストレージ確保

既存インフラとの比較:クラウドと他のブロックチェーン

JAMが提供する価値提案を理解するためには、中央集権的なクラウドAIサービスや、先行する他のブロックチェーンプロジェクトとの比較が不可欠である。

JAM vs. AWS SageMaker/Google Vertex AI

中央集権的なクラウドプラットフォームは、管理の容易さと高いエコシステム統合を提供しているが、その代償として高い「マネージドサービス・プレミアム(20-40%)」と、不透明なストレージコスト、そしてデータ主権の喪失というリスクを負わせている

JAMは、「Polkadot Cloud」としてこれらの課題を解決する

  1. コストの透明性: AWSでは、ノートブックを終了してもEBSボリュームが残り続け、「孤立したストレージ」への課金が発生し続けることがある 。JAMでは、リソースの利用はオンチェーンで明示的に管理され、Agile Coretimeによって不要なアイドルコストが排除される 。
  2. 実行の保証: 中央集権的なAPIでは、プロバイダーが一方的にサービスを停止したり、モデルの内容を変更したりすることができる。JAM上のAIエージェントは、コードがオンチェーンに存在する限り、誰にも停止されることなく、永続的に同じ挙動を続ける 。
  3. セキュリティモデル: JAMは「ELVES」と呼ばれるシニカル・ロールアップを採用している 。これは、全バリデータが再実行するコストを避けつつ、一部のバリデータによる実行結果が正しいことを暗号経済的に証明する仕組みであり、完全な数学的証明を必要とするZK証明よりも4000倍高いコスト効率を実現している 。

JAM vs. Ethereum/Solana

JAMは、EthereumのL2中心モデルやSolanaのモノリシックモデルとは異なる「半一貫性(Semi-Coherence)」というアプローチをとっている

  • Ethereum: ロールアップによりスケーリングを図っているが、L2間のメッセージ交換は非同期であり、流動性の断片化が起きている 。JAMは、同じコアに割り当てられたサービス間では同期的なコンポーザビリティを維持しつつ、コア間では非同期通信を行う動的な境界を構築している 。
  • Solana: 高速なファイナリティ(約12秒、2026年のAlpenglowアップグレードで150msを目指す)を持つが、単一のVM実行環境に依存している 。JAMは、RISC-VベースのPVMにより、より広範な言語サポートと決定論的な実行時間(6秒の実行枠)を提供し、重い計算負荷を伴うAIアプリケーションに適した構造を持っている 。
プラットフォーム手法スケーラビリティ構成可能性
Ethereumロールアップ中心 (L2)高 (非一貫)非同期・断片化
Solana高性能モノリシック極めて高 (同期)同期 (単一実行)
Polkadot JAM並列コア (Service)極めて高 (半一貫)動的・同期/非同期の融合

エコシステムと社会実装:DePINとIoTの未来

JAMが提供する膨大な計算資源とAIエージェントの融合は、デジタル空間に留まらず、物理世界のインフラ(DePIN)にも劇的な変化をもたらす

物理インフラの民主化:Uplinkとエネルギーグリッド

DePIN(分散型物理インフラネットワーク)は、個人が持つWi-Fiルーター、ハードドライブ、エネルギーパネルなどの資源を共有し、報酬を得る仕組みである

  • Uplink: 既存のWi-Fiネットワークを一つの大きな市場に変えるDePINプロジェクトであり、2025年までに500万台以上のルーターが登録されている 。JAMの低レイテンシ・高スループットな実行環境は、数百万台のデバイスからの認証、決済、品質保証をリアルタイムで処理することを可能にする 。
  • 分散型エネルギーグリッド: 太陽光パネルを持つ個人が余剰電力を近隣住民に直接販売する際、JAM上のAIエージェントが電力需要を予測し、スマートコントラクトを通じて瞬時に価格交渉と送金を実行する 。これにより、巨大な発電所に依存しない、レジリエントで効率的なエネルギー供給が可能となる 。

IoTとリアルタイム・データパイプライン

JAMは、IoTデバイスからの膨大なリアルタイムデータを処理するための「分散型データレイク」としても機能する 。 生鮮食品の温度追跡、動的な在庫管理、スマートシティの交通最適化など、秒単位でのデータ更新と信頼性の高い実行が求められる分野において、JAMの「Refine」ステージでのデータ圧縮と「onTransfer」による非同期メッセージングは、従来のクラウドソリューションを超えるスケーラビリティを発揮する

技術的課題と「JAM Toaster」による検証

これほど野心的なアーキテクチャを実現するためには、前例のない規模でのテストと検証が必要である。

JAM Toaster:世界最大級のブロックチェーンテスト環境

JAMの開発を支えているのが、リスボンに設置された「JAM Toaster」である 。これは1,023個のノード、12,276個のCPUコア、16TBのRAMを備えたスーパーコンピューターであり、メインネット稼働時のバリデータセットを完全にシミュレートすることができる 。 JAM Toasterを用いたテストでは、実際のネットワーク条件下でのスループットが検証されており、August 2025のストレステストでは23%の負荷で143,000 TPSを記録している 。これは、JAMが理論上の数値だけでなく、実際のハードウェア上でも稼働可能であることを証明するものである

セキュリティとプライバシーのジレンマ

JAMの「ステートレスなRefine」と「ステートフルなAccumulate」の分離は、高度な計算を可能にする一方で、新しい攻撃ベクターも生み出す。

  • ELVESの複雑性: シニカル・ロールアップが正しく機能するためには、不正な実行を検出した際にバリデータが迅速に証拠を提示する必要がある 。このプロトコルの安全性は、暗号経済学的なインセンティブ設計の堅牢性に依存している。
  • 量子耐性の課題: 現在のPVMにおけるZK証明(BN254など)は、将来の量子コンピューターに対して脆弱である可能性がある 。長期的には、より計算負荷の高いSTARKsやCircle-STARKsへの移行が検討されており、JAMの並列アーキテクチャはこれらの重い証明スキームを処理できるだけの余裕を持っている必要がある 。

結論:2026年に向けた展望とパラダイムシフトの完成

Polkadot 2.0(JAM)は、ブロックチェーンの定義を「帳簿の記録者」から「分散型スーパーコンピューター」へと根本的に変革するものである。これは、計算をステートレスな精錬(Refine)とステートフルな蓄積(Accumulate)に分離するという、コンピュータサイエンスの基本に立ち返った再設計の成果である

2026年、JAMのメインネット稼働とDOTの供給量上限の設定が重なることで、Polkadotエコシステムは技術的成熟と経済的安定の双方を手に入れることになる 。 AIエージェントは、このスーパーコンピューター上で自律的な意志を持ち、複雑な推論を行い、現実世界のインフラを動かす「分散型社会の実行者」となるだろう

JAMが目指すのは、一部のテックジャイアントが支配する計算資源を再び個人の手に取り戻し、透明で、改ざん不可能で、かつ極めて高性能な「世界の知性のためのインフラ」を構築することである 。このパラダイムシフトが完了したとき、ブロックチェーンはもはや金融のツールではなく、人類のあらゆるデジタル活動を支える、目に見えないが不可欠な「分散型クラウド」へと進化を遂げているに違いない。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA